時々駅の日高屋で飯を食うことがあるのだが、そんなときは向かいにある東武ブックスでなんとなく本を買って帰ってくることが多い。しかし、私は基本的に本は電車の中でしか読まないので、こういう買い方をした本は大抵忘れ去られる。
先日、部屋の掃除をしたときにカバーに入ったまま読んだことの無い本がまぁ次から次へと出てくるわと。
本日は、その中の一冊を読んでみた。
著者は、昔テレビで見たことがある小学一年生に辞書を引かせて、キ○ガイみたいな分厚さの辞書を作らせる「辞書引き学習法」発案の先生。
この本は、これと、もう一つ、キ○ガイみたいな分厚いノートを作らせる「はてな帳」の2つを大人向けにアレンジして解説したもの。
さすがにこんな本を書くだけのことはあり、とても読みやすく面白かった。2時間くらいで読み終わったし。
思ったことは2つ、かな。
1つは勝間と一緒。
「そりゃ、そんなことが出来れば誰だって賢くなるわな、出来れば」
こっちはさすがに小学一年生にやらせた実績があるくらいで非常に説得力があるのだが、それでも私には出来んだろうなぁ。めんどくさくて。
もう1つは、紙と鉛筆主義なこと。
疑問に思ったことをノートに書く(メモ帳に書いてノートに貼り付ける)。それを書籍等(書籍>人>インターネッツ)で調べてノートに書きこむ。量が多い場合は、切り抜きを貼ったりして、とにかく一冊のノートで完結させる。それだけを見れば分かるようにし、繰り返し見ては書き加えていく。
ここでもっとも重要なこととして、じょじょに汚れていくノート、付箋紙等で分厚くなっていくノートに愛着感を持ち、充実感を感じることが続けるコツとされている点。
私、自分的にはアナログ指向の人間だと思っているので、割とあっさり納得できるのだが、世の中的にはiPhoneやiPadなんかを中心としたデジタル至上主義が多数派なのかな、と思う。というか目立つ。
私なんかは整理整頓が出来ない人間なので、グーグルデスクトップやgmail、このブログの検索機能をフル活用している意味ではデジタルも活用してるっちゃしてるが、埋もれてしまっている(記憶の片隅にある)情報を引っ張り出すのはやっぱアナログ(ノートやバインダー)の方が確実性があるなぁ、と思う今日この頃。